An Artless Riverside 川虫館
【トビケラ目 Trichoptera】
トビケラは日本国内から29科、約600種ほどが知られています(分類体系により科の数は変動あり)。ごく一部の例外を除き幼虫は水生で、河川の源流部から河口、さらに止水域の池・沼や湿地まで広範な水辺に様々な種が生息します。「川虫」としてカゲロウ・カワゲラとひとまとめに語られることも多いグループですが(特にカワゲラとトビケラは混同されがち)系統的には大きく離れたグループで、カゲロウ・カワゲラはトンボなどと同様に蛹を作らない不完全変態の昆虫であるのに対し、このトビケラはコウチュウや鱗翅目(チョウ・ガ)などと同じく蛹を経て成虫になる完全変態昆虫です。成虫を見れば一目瞭然ですが鱗翅目と近縁で、昆虫の歴史の中では新参者の部類です。しかし種の多様性は川虫の中でトップクラスであり、短い時間の中で急速に種分化が進んできた昆虫でもあります。
幼虫は落葉から水草・付着藻類・小昆虫まで様々なものを食べる種類がおり、栄養になりそうなものなら無差別に何でも口にする貪欲な雑食性の種も少なくありません。成虫は口器が退化しており羽化後は飲まず食わずで過ごすと思われていましたが、実は花蜜や樹液などの液体を摂取して羽化後に栄養補給をするものも多いことが判明しています。
そして何と言ってもトビケラ最大の特徴は形態・材料の多様性に富む「巣」の存在で、その進化の過程や形状の不思議に魅了された研究者は古くから世界中に点在します。巣のパターンでみると、礫の隙間や岩盤表面・水がしたたり落ちる岩の下面などに糸を張り巡らせて巣(固着巣)を作るタイプと砂粒や植物片などでミノムシのような巣(可携巣)を作るタイプ(ケーストビケラ)とに分けられます。ケーストビケラは種ごとに巣材に使う材料が厳密に決まっているため、砂・礫・落葉・水草などの多様な物質が水中に多ければ多いほどその水辺に棲むトビケラの多様性も高くなります。つまりトビケラは、巣材や営巣環境の多様性、つまり流域や河道内に存在する環境の多様性を指標する川虫といえます。