An Artless Riverside 川虫館
【カクスイトビケラ科 Brachycentridae】
小型~中型のケーストビケラです。巣材はコケ・落葉片・砂など多岐にわたりますが、種ごとに利用する巣材が厳密に決まっています。科の模式属であるカクスイトビケラ属の多くが尻すぼみの四角柱(≒四角錐)の巣を作ることから「カクスイトビケラ科」の和名がつけられていますが、科内の他属には円柱・円錐型の巣を作るものも多く、ややこしいです(本科とは別に「カクツツトビケラ科」が存在しているので余計ややこしい)。図鑑的には、
①前胸・中胸は広くキチン板に覆われる
②腹部第1節に肉質隆起がない
③巣の形は定型(ふにゃふにゃせず、かっちりした形をしている)
以上3点によって同定されます。カクスイトビケラ属・オオハラツツトビケラ属の各種は巣に大きな特徴があるため慣れれば巣だけでもある程度の同定が可能です。一方で無機物で巣を作る種群は幼虫の形態を精査する必要があり、巣だけではグマガトビケラ(ケトビケラ科)・カクツツトビケラ属(カクスイトビケラ属)の一部・エグリトビケラ科の一部・ヒゲナガトビケラ属の一部などとは区別が困難です。
下位分類(国産既知種のリスト)
カクスイトビケラ属 Brachycentrus
・アメリカカクスイトビケラ Brachycentrus americanus (Banks, 1899)
・ヤマトツツトビケラ Brachycentrus japonicus (Iwata, 1927)
・クワヤマカクスイトビケラ Brachycentrus kuwayamai Wiggins, Tani & Tanida, 1985
ミノツツトビケラ属 Tsudaea
・キタヤマカクスイトビケラ Tsudaea kitayamana (Tsuda, 1942)
オオハラツツトビケラ属 Eobrachycentrus
・ニイガタツツトビケラ Eobrachycentrus niigatai (Kobayashi, 1968)
・オオハラツツトビケラ Eobrachycentrus vernalis (Banks, 1906)
ハルノマルツツトビケラ属 Dolichocentrus
・ハルノマルツツトビケラ Dolichocentrus sakura Nozaki, 2017
マルツツトビケラ属 Micrasema
・アカギマルツツトビケラ Micrasema akagiae Nozaki & Tanida, 2007
・エゾマルツツトビケラ Micrasema gelidum McLachlan, 1876
・ハナセマルツツトビケラ Micrasema hanasense Tsuda, 1942
・マルツツトビケラ Micrasema quadriloba Martynov, 1933
・トゲマルツツトビケラ Micrasema spinosum Nozaki & Tanida, 2007
・ウエノマルツツトビケラ Micrasema uenoi Martynov, 1933
(川虫図鑑 成虫編(丸山・花田 編,2016)、 日本産トビケラのリスト (外部リンク/2024年9月閲覧)に基づく)
以上、5属13種が知られているほか、マルツツトビケラ属には国内未記録or未記載の可能性がある詳細不明の個体を1個体確認しています。
フォトギャラリー
終齢(?)/雌雄不明
2023.12.24 山形県
終齢(?)/雌雄不明
2019.01.03 山形県
―――――――――――――――――【 ヤマトツツトビケラ 】―――――――――――――――――
観察した環境:山地渓流-山地渓流の移行帯(扇状地) 記録済みの地域:山形 幼虫の特徴:腹部気管鰓は単一棒状。各脚腿節は下面輪郭が膨らむ。巣材のパーツはクワヤマカクスイに比べて大きい。 季節性・化性:春に羽化/1年1世代
齢不詳/雌雄不明
2024.12.21 宮城県
【 クワヤマカクスイトビケラ 】
観察した環境:平地渓流 記録済みの地域:宮城 幼虫の特徴:背面の腹部気管鰓は2-3本に分岐する。各脚腿節下面に膨らみはなく、刺毛と剛毛が規則的な波形に並ぶ。巣材のパーツはヤマトツツに比べて細かく、巣の構造は繊細。 季節性・化性:春に羽化/1年1世代
終齢(?)/雌雄不明
2024.11.28 宮城県
【 ニイガタツツトビケラ 】
生息環境:染み出し・源流の蘚苔類群落 記録済みの地域:宮城 幼虫の特徴:蘚苔類を切り出して積み重ねた四角柱の巣が大きな特徴(使うコケの種によって 巣の外観の雰囲気は変わる)。幼虫は脚が短く体は緑色(オオハラツツトビケラとの識別は下で別途紹介)。 季節性・化性:晩春~初夏に羽化の1年1化と思われるが詳細不明。
終齢(?)/雌雄不明
2023.12.08 宮城県
亜終齢(?)/雌雄不明
2024.12.01 山形県
――――――――【 オオハラツツトビケラ 】――――――――
生息環境:染み出し・源流の蘚苔類群落 記録済みの地域:岩手・山形・宮城 幼虫の特徴:蘚苔類を切り出して積み重ねた四角柱の巣が大きな特徴(使うコケの種によって巣の外観の雰囲気は変わる)。幼虫は脚が短く体は緑色(ニイガタツツトビケラとの識別は下で別途紹介)。 季節性・化性:晩春~初夏に羽化の1年1化と思われるが詳細不明。
終齢(?)/雌雄不 明
2021.05.03 宮城県
終齢(?)/雌雄不明
2024.11.29 宮城県
齢不詳/雌雄不明
2024.12.16 宮城県
――――――――【 ハナセマルツツトビケラ 】――――――――
【 ハナセマルツツトビケラ(?)】
生息環境:染み出し・源流・細流・山地渓流等の蘚苔類群落内。古い砂防堰堤の壁面などにも比較的普通。 記録済みの地域:宮城・福島 幼虫の特徴:巣材は蘚苔類で、巣は背腹に湾曲する。若齢幼虫の巣には砂が混ざりがちだが、大きくなると蘚苔類と絹糸だけで巣を作る。 季節性・化性:成虫は春~初夏に多いが夏~秋にもしばしば見つかるという。1年1~2化?
観察した環境:染み出し 記録済みの地域:宮城 幼虫の特徴:ハナセマルツツに似るが巣材に砂が多く、染み出しで採集されたため違和感がある。詳細不明。 季節性・化性:詳細不明
終齢(?)/雌雄不明(幼虫は死後に撮影)
2024.02.10 宮城県
【 エゾマルツツトビケラ(?) 】
観察した環境:源流 記録済みの地域:宮城(既知の分布は北海道のみであり、本州産の個体は未記録の別種の可能性がある) 幼虫の特徴:巣材は蘚苔類で巣は湾曲しない(使うコケの種によって巣の外観の雰囲気は変わる)。頭部前面のV字の縫合線は色が淡い。 季節性・化性:詳細不明
終齢(?)/雌雄不明
2024.12.21 宮城県
【 ハルノ マルツツトビケラ属
の一種? 】
観察した環境:平地渓流 記録済みの地域:宮城 幼虫の特徴:巣材は砂で、巣は背腹に湾曲する(終齢では下方が欠落しており短い個体が多い?)。前胸背面の横溝はキチン板の左右前縁にわずかに届かず、頭部は平坦で斑紋が明瞭。 季節性・化性:成虫は春に出現すると思われるが詳細不明/1年1世代
観察メモ
・カクスイトビケラ属やオオハラツツトビケラ属は巣に特徴がありますが、マルツツトビケラ類を含めると巣は形態・巣材の多
様性に富むため、幼虫本体を観察してはじめて詳細な同定が可能になるグループです。
・飛沫帯の蘚苔類群落に生息する種は完全な水中にいることを嫌うようで、オオハラツツトビケラを一般的な渓流環境を模した
水槽で飼育した際にはすぐに弱って死んでしまいました。水中に生息する種群も高水温が苦手であると思われ、年間を通して
水温が低く安定したきれいな沢でのみ見つかります。
・腹部第1節に肉質突起がないかわりに短小な尾肢で巣の内部にしっかりとしがみつくため、幼虫を巣から取り出す際にはピンセ
ットの先などで巣の下部から押し出すほうがベターです。無理に頭部を引っ張ると腹部が千切れます。
・マルツツトビケラ属の砂で巣を作る種群はカクツツトビケラ属の砂で巣を作る種群やケトビケラ科と非常に紛らわしいです
(詳しくはケトビケラ科のページを参照)。
終齢(?)/雌雄不明
2020.01.19 宮城県
【 ウエノマルツツトビケラ 】
観察した環境:山地渓流 記録済みの地域:宮城 幼虫の特徴:巣材は砂で、巣は背腹に湾曲する。前胸背面の横溝はキチン板の左右前縁に届き、頭部は平坦ではなく目立った斑紋はない。 季節性・化性:成虫は初夏~夏に出現するとされる/1年1世代
↓↓↓↓
カクスイトビケラ属 胸部背面
中胸のキチン板は4枚とも
背面を向いています。
→ ←
カクスイトビケラ以外の属 胸部背面
(画像はオオハラツツトビケラ属)
中胸の4枚のキチン板のうち、
左右の1対は側面を向いています。
↑
ヤマトツツトビケラ 中・後脚
カクスイトビケラ属の中脚と後脚は
前脚の倍ほどの大きさに発達しており
強靭です。ヤマトツツは腿節下面が
ふくらむのが特徴です(矢印)。
クワヤマカクスイトビケラ 中・後脚
腿節下面に規則的な刺毛と
剛毛が並びます(矢印)。
←
オオハラツツ ニイガタツツ
オオハラツツトビケラ属 胸部背面
オオハラツツ ニイガタツツ
オオハラツツトビケラ属 腹部(後半)背面
オオハラツツトビケラ属2種は中胸背面のキチン板の剛毛の生え方、および腹部第8・9節背面の剛毛の本数で同定可能です。
また、オオハラツツの巣は背腹にゆるく湾曲する一方でニイガタツツの巣はまっすぐという特徴もあります。
ハナセマルツツトビケラ 頭部
頭部には逆V字の淡色斑をもつもの多いですが、
これには個体差があるようで
同定のキーとする際には注意です。
ハルノマルツツトビケラ属の一種? 頭部
特徴的な斑紋があります。エグリトビケラ科・
トビケラ科などに似た斑紋パターンで、
同属他種と見分ける良いポイントになります。
コケにつくハナセマルツツトビケラと
エゾマルツツトビケラ(?)の幼虫たち
カクスイトビケラ属(巣、尾部側)
四角錐の巣。巣の下面には糞を出したり
水を通したりするための穴があります。
オオハラツツトビケラ(巣、頭部側)
四角錐の巣
エゾマルツツトビケラ(?)(巣、頭部側)
円錐の巣
生息環境
非常に自然度の高い水辺を好むトビケラで、特にオオハラツツトビケラ属は「川のはじまり」である沢の源頭部の染み出しや湧水のコケ群落内、カクスイトビケラ属は有機汚濁のほとんどない清冽な渓流域をそれぞれ生息地とします。一方でマルツツトビケラ属・スナツツトビケラ属は比較的人里に近い丘陵地や平野の山際でも目にします。特にマルツツトビケラ属は絶えずしぶきがかかる古いダムの壁面や護岸河川の落差工の部分のコケ群落を利用しているケースがあり、人が治水をすることで生じた新しい微小環境に運よく順応した川虫といえるかもしれません。
コケは河床の付着藻類と比べると成長速度が著しく遅いためコケで巣を作りコケを食べて生きる生活スタイルは一見効率が悪いように見えますが、他の川虫があまり利用しないコケという資源に執着してスローライフを送る生き様はなんとなく仙人じみていて、個人的には非常に好きなトビケラのひとつです。
オオハラツツトビケラ属 生息環境例(山形県/8月)
マルツツトビケラ属 生息環境例 小河川の落差工の湿った垂直面にコケが生える環境(宮城県/5月)