An Artless Riverside 川虫館
【キタガミトビケラ科 Limnocentropodidae】
柄がついた巣が非常にユニークな中型のトビケラです。図鑑的には、中胸と後胸の背面がそれぞれ2対の明瞭なキチン板で覆われ、巣に柄がついている(柄は脱落していることもある)ことで他科と容易に識別されます。各脚が大きく発達していることや中胸・後胸下面に半円状の剛毛列があることも特徴です。巣はミノムシのような外観で、柄で巣を河床の大礫に固着させてその身を巣ごと急流の中に曝し、自由になった6本の脚で上流から流れてくる餌をキャッチするという珍しい採餌様式をとります。
下位分類(国産既知種のリスト)
キタガミトビケラ属 Limnocentropus
・キタガミトビケラ Limnocentropus insolitus Ulmer, 1907
(日本産水生昆虫 第二版(川合・谷田 編,2018)に基づく)
以上、1属1種のみが知られています。アジア圏から1属20種程度が見つかっている小規模な科で、キタガミトビケラは日本の固有種です。日本のトビケラ相を語るうえで欠かせないユニークな種です。
フォトギャラリー
終齢/雌雄不明(蛹化後の巣)
2023.11.24 山形県
亜終齢(?)/雌雄不明
2020.12.19 宮城県
亜終齢(?)/雌雄不明
2018.11.08 新潟県
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生息環境:源流・山地渓流 観察した地域:岩手・宮城・山形・新潟 幼虫の特徴:(国産種は1種のみであり、科の特徴として上述したため割愛) 季節性・化性:晩春~夏に羽化/1年1化
観察メモ
・柄で巣を河床に固定することで自由水中で6本の脚を自由に使うことを可能にした、トビケラ目の中で唯一のグループです。
脚は餌の捕獲に特化しており、長く頑丈で、数本の丈夫な剛毛がまばらに並んでいます。
・巣は背腹にやや湾曲したものとまっすぐな円柱状のものとがあり、トビケラとしては珍しく形状が厳密に決まっていません。
巣材は砂と蘚苔類片・落ち葉片などをモザイク状に片面的につなぎ合わせたもので、巣材の調達も餌の調達同様に流下物をキ
ャッチするスタイルで行われます。個体によっては巣の前半部をミノムシのように修飾します。巣材として雲母がよく用いら
れているのも特徴ですが、これは幼虫が雲母を好んで巣材に採用しているわけではなく、雲母は石英や長石などの他の鉱物に
比べて比重が小さいため、河床を離れて流下物となりやすく幼虫にキャッチされやすいことに由来していると思われます。
・巣の入り口から柄を伸ばして河床の岩などに巣を固定しますが、沢の水量が減って足場が干上がりそうになるなどの事態に直
面すると、柄を噛み切って一般のケーストビケラスタイルとなり、移動します。柄にはしなやかさがあり急流の中でも巣を足
場につなぎとめるには十分な強度がありますが、キック法で雑に採集していると千切れてしまうものが多いです。未観察です
が、密度が高い場所では巣が隣り合う個体同士が柄切り合戦をして他個体を自分の巣の周囲2~3 cm圏内から排除しようとす
るそうです。
3齢(?)/雌雄不明
2024.09.07 山形県
【 キタガミトビケラ 】
幼虫 横アングル
渓流中の幼虫たち
本科胸部背面のキチン板配列
赤:前胸、黄:中胸、青:後胸、
ピンク矢印:腹部第一節側面の肉質隆起、
緑矢印:腹部第一節背面のキチン板。
中・後胸背面のキチン板は一枚ではなく、
左右でそれぞれ分離しています。
幼虫 脚
幼虫 中・後胸下面の半円の剛毛列
毛の生え際はキチン化しています。獲物を抱え込んで捕食する際に補助的に機能するものと思われます。
生息環境
自然度の高い渓流を指標するトビケラであり、本種がいる沢には他にも多くの川虫がみられます。東日本(特に東北・北陸)には良好な産地がよく残っていますが、分布域南西では産地がやや局地化する傾向にあり、愛媛・大阪・奈良では県のレッドリストで準絶滅危惧種に指定されているようです。
生息環境例(宮城県/6月)