An Artless Riverside 川虫館
水辺の環境図鑑(前編:染み出し~平地渓流)
川虫のすみかである、国内でみられる主要な水辺の画像を紹介します。それぞれの環境区分の定義に関しては「その他」より「用語集」のページをご参照ください。
【 染み出し・飛沫帯 】
低温で水質のよい、雪解け水由来の地下水が流れる染み出し(山形県・山岳部/8月) 長年安定している環境ではコケ類が岩盤を覆っていることが多いです。水中に生物の餌となる有機物がほとんど含まれいないため生物は乏しく種の多様性に欠きますが、少量の付着藻やコケ類をエサとすることでこのような環境に特化した生物がみられます。 代表的な川虫:ナガレトビケラ科の一部・カワトビケラ科の一部・クダトビケラ科の一部・オオハラツツトビケラ属(カクスイトビケラ科)・クロオナシカワゲラ(オナシカワゲラ科)など
伏流する染み出し(茨城県・山岳部/5月) 非常に古い年代の堆積岩と花崗岩の砕屑物が堆積した斜面を流れていた染み出し的環境です。地下の浅層に隙間が多いため見かけの水量よりも多くの水が流下しているタイプの微小水域で、もろい岩質の地域でみられることがあります。河床の礫間を隠れ家とする川虫がおり、クサカワゲラ属の一部(アミメカワゲラ科)やヒロバネアミメカワゲラの一部個体群(アミメカワゲラ科)はこういった環境で特異的にみられる場合があります。
低標高部の染み出し(宮城県・丘陵地/11月) 水温・気温が比較的高い低地の染み出しは植物が生える速度が大きく、植物枯死組織の蓄積と土壌動物・菌類によるそれらの分解作用によって染み出しのところどころ、あるいは全体に水分をたっぷり含んだ土壌が分布します(画像では植物の根ぎわに土壌の塊がある)。もともと厚い土壌がある場所において、地すべりや掘削などの何らかの影響で急斜面が作られても同様の環境ができます。カクスイトビケラ科などの水質・水温に厳しい種が欠落しますが、かわりにムカシヤンマやヤマトクロスジヘビトンボなどの土壌に依存する染み出しの生物がみられます。
飛沫帯(岩手県・山岳部/4月) 小規模な滝や砂防ダムの落差工の部分などにみられる環境です。染み出しとよく似ていますが、直前まで地下 水だった水が流れる染み出しとは異なり、既に水が上流部で地表水として流れているため供給される水の中に微小な生物や有機物が比較的多く含まれます。水しぶきが当たって少し湿っている場所→水しぶきが絶えず当たり濡れている場所→水がおだやかに流れ落ちている場所→水が勢いよく流れ落ちる場所 というように微環境の連続性が担保されていることも特徴で、強い水流の中でも岩盤面にしがみつけるように爪が発達した川虫がみられます。 代表的な川虫:フタバコカゲロウ(コカゲロウ科)・オビカゲロウ属(ヒラタカゲロウ科)・イワヒラタカゲロウ(ヒラタカゲロウ科)・ノギカワゲラ属(ヒロムネカワゲラ科)・クロツツトビケラ(クロツツトビケラ科)など
【 細流 】
流れが非常にゆるやかな細流(山形県・丘陵地/9月) 丘陵地や小規模の山地の緩斜面にしばしば成立する環境です。少雨の時期には流れが停滞して水溜まりが連続したような半止水環境になり、環境によっては干上がることもあります。傾斜の緩い場所は開発の対象とされてしまうことが多いため、自然度の高い細流は現代の日本では貴重です。開発だけでなく、アメリカザリガニが侵入すると一気に生物多様性が崩壊してしまうという弱点も持ちます。川虫よりもトンボや両生類などにこういった環境を特異的に利用する種が目立ちますが、それでもよく探すと思いがけない川虫との出会いがあります。 代表的な川虫:トゲエラカゲロウ属(西日本)(トビイロカゲロウ科)トゲトビイロカゲロウ(トビイロカゲロウ科)・ウズキキハダヒラタカゲロウ属(北日本)(ヒラタカゲロウ科)・マルバネトビケラ(マルバネトビケラ属)など
植生に覆われた細流(山形県・山岳部/5月) 環境によっては、木の密度が低くて日当たりの良い細流もあります。こういった環境は湿潤な土壌を好む草本に覆われることが多く、近付かないと水が流れていることが分からないこともあります。植物組織への依存度が高いオナシカワゲラ科の一部やコカクツツトビケラ属の一部(カクツツトビケラ科)・トビケラ科・エグリトビケラ科の一部などが高密度で生息していることがあります。 代表的な川虫:トゲエラカゲロウ属(西日本)(トビイロカゲロウ科)トゲ トビイロカゲロウ(トビイロカゲロウ科)・ウズキキハダヒラタカゲロウ属(北日本)(ヒラタカゲロウ科)・マルバネトビケラ(マルバネトビケラ属)など
流れが非常にゆるやかな細流(宮城県・丘陵地/4月) 左のような環境の、晩秋~早春期にかけての景観。大量に供給される落葉は強い水流で流されることがないため、水底には落葉・落枝やそれら由来の有機物が堆積します。傾斜があって流速の大きい環境では落葉・落枝がすぐに流下して河床に砂礫がむき出しになる(「源流 」的環境)ため、水生生物の視点からすると、細流と源流は全く別の環境です。ただし自然下では地面の勾配は常に一定ではないので、細流と源流の環境がモザイク状に混在する流れも珍しくありません。
河床に砂礫が目立つ細流(宮城県・丘陵地/6月) 底質が砂礫メインになった細流です。シカによって林床植生が消失したり、針葉樹の人工林に囲まれていて落葉の量が減ったりした環境でしばしばみられます。底質に有機物が多い環境とは水生生物の種組成が大きく変わり、源流性 かつある程度の高水温に耐性をもつ川虫が主役となります。 代表的な川虫:ヒメフタオカゲロウ属の一部(ヒメフタオカゲロウ科)・ミヤマタニガワカゲロウ属の一部(ヒラタカゲロウ科)・オオヤマカワゲラ(カワゲラ科)・フタツメカワゲラ属の一部(カワゲラ科)・コエグリトビケラ属の一部(コエグリトビケラ科)など
【 源流 】
温帯気候における典型的な源流(宮城県・山岳部/5月) 大礫が豊富で、ところどころに巨岩や岩盤がみられ、急流部と緩流部が細かく散在します。年間を通した水量変化や河床を構成する礫の岩質、岩質に密接に関係した植生などは地域によって千差万別ですが、一般に山奥にある源流環境は開発の手が入りにくく、現代でもいわゆる「原生的な自然」として多様な川虫を支える舞台となっています。染み出しや他の源流と何度も合流し、徐々に水量を増しながら山地渓流へと変化していきます。
源流(茨城県・山岳部/5月) 源流や山地渓流の落差が大きい部分には滝・飛沫帯が形成されます。このような落差は魚類の行き来を強く制限するため、源流にはイワナなどのごく一部を除いて大型の水生生物がおらず、節足動物が水中の生態系の主役となります。
源流(岩手県・山岳部/5月) 源流は集水面積が小さいため、生物は洪水によって一気に下流へ流されるリスクが少なく、移動性を欠いていて狭い範囲で一生を完結させる川虫が目立ちます。極端な例では谷が違うと遺伝的に異なる集団が分布するようなものも知られています(ガガンボカゲロウ科(岩手・秋田の一部地域および西日本)・オンダケトビケラ属(エグリトビケラ科)など)。ほかにもヒメフタオカゲロウ属(ヒメフタオカゲロウ科)やナガレトビケラ属(ナガレトビケラ科)もきわめて高い種の多様性を有しており、これらも各地の源流で種分化が進んだ結果なのではないかと推測します。
一枚岩の上を流れる源流(宮城県・丘陵地/5月) 河床に砂礫がなく、一枚の岩盤の上を水が膜状に流れるちょっと特殊な源流環境です。透水性の低い強固な堆積岩の層が地表にむき出しになっている場所でみられることがあります。礫間という隠れ場所がなく水深も均一なため川虫相は貧弱ですが、フタバコカゲロウやオナシカワゲラ属の一部・ブユ類の幼虫などはこういった場所でも生息が可能です。
【 山地渓流 】
温帯気候における典型的な山地渓流(宮城県・山岳部/5月) こぶし大~人頭大の礫が多く、ところどころに巨岩、あるいは砂が堆積したよどみなどが点在します。河床を構成する砂礫の粒径が最も多様な環境で、川虫の種多様性は源流からさらに上昇します。染み出し・細流・源流・他の山地渓流と合流を重ね、やがて平野部や盆地が近くなると平地渓流へと変化していきます。
早春の山地渓流(宮城県・山間部/4月) 一般に山地渓流は樹林との距離が近いので、晩秋~早春期の落葉期は流路に光がよく入って明るく、春~秋の出葉期は樹木に日光が遮られて薄暗い環境になります。自然度の高い水辺はどこを切り取っても美しいのですが、個人的に四季の美しさが最も映える環境は山地渓流だと思っています。川虫は春に成虫が羽化するものが非常に多いため、早春期は羽化を控えたステージ後半の幼虫が水中に勢揃いしている、川虫観察が最も面白い時期です。
秋の山地渓流(宮城県・山間部/11月) 紅葉した木々の黄色やオレンジ色・常緑樹や草本の緑色・枯葉や土の茶色が見事に調和し、それらが晩秋期の柔らかい光に照らされて渓流沿いに立体的に浮かび上がるきわめて美しい季節です。派手なモミジやイチョウが立ち並ぶ人工的な紅葉スポットよりも、ちょっとしたその辺の渓流の秋の景色に美しさを感じるのは、自然好きであればだれもが共感してくれるところだと思います。秋は大量の落葉が河川に供給される時期で、落葉は樹林内の水辺においては最大のエネルギー源となるため、シーズンの終わりを告げる哀愁漂う陸上環境とは裏腹に、水中ではこの時期から一斉に落葉を起点としたダイナミックな食物連鎖が始まります。川虫たちにとっては落葉シーズンこそが陸上でいう春のようなものです。
護岸された山地渓流(山形県・山すそ/8月) 人里が近くなると利水・治水の観点から流路の直線化や護岸が施された渓流が目立つようになります。水量が増えると流水の侵食作用が強くなることも護岸の必要性が出てくる要因です。ただし渓流環境は上流から砂礫が豊富に供給されるため河床環境は自然状態に近い環境で維持されやすく、多少人の手が入っていても生物多様性を高く保っている河川は各地に残っています。
夏の山地渓流(秋田県・山間部/9月) よく茂った木々の葉が太陽光を遮り、夏の山地渓流は薄暗くて陰鬱な印象を抱かせます。ミステリアスで、仙人でも出てきそうな幻想的な雰囲気です。画像は雪解け水由来の湧水が豊富に流れる水温の低い沢で、夏の暑い空気が川面で急激に冷やされて霧が立っています。樹陰の多い区間は開空度の高い明るい区間に比べて河床の付着藻類の生育量が少ないため、水中の一次消費者は付着藻を好むグレイザー(刈り取り食者)対して落葉等をかじるシュレッダー(破砕食者)の割合が高い傾向にあります。
冬の山地渓流(山形県・扇状地/1月) 雪景色の渓流です。冬に一面が雪に覆われる地域はどちらかというと少数派な気がしますが、雪国出身の管理人には慣れ親しんだ光景です。雪は天然の吸音材として機能するため雪山は驚くほど静かな環境なのですが、そのおかげで渓流の美しい水音が一層際立ちます。
【 平地渓流 】
山地渓流~平地渓流移行帯(宮城県・山すそ/6月) 山地渓流が山林を抜け、山すその田園地帯に出てきたところです。本HPでは河川の水量に関係なく河床の勾配のみで環境を区分していますが、平地渓流や平地流になってくると河川によって水量に大きな差が出てきます。画像の河川は水量の少ない平地渓流環境です。開空度の高い平地渓流の岸や中州には、画像のようにツルヨシがよく繁茂します。年間を通して川底に日光が当たる環境になると河床の付着藻類の生産量が急増するため、それらを食べるグレイ ザー(刈り取り食者)型の川虫が大きな割合を占めるようになります。
清冽な平地渓流(宮城県・山間部/2月) マイフィールドの中でも特に自然度の高い、きわめて水質の良い平地渓流です。有機汚濁の少ない山地渓流にみられるキカワゲラ属(カワゲラ科)やアミカなどが豊富にみられるほか、流域の自然度にうるさく分布が局所的なチェルノバマダラカゲロウ(マダラカゲロウ科)も生息しています。高次捕食者である肉食魚(カジカ・ギバチ・サケ科)も多く、いかに水中生物の 全体量が多いかを物語っています。平地渓流・平地流域は人の経済圏と重なるため開発や外来種等による脅威に晒されやすく、地域の自然度の良し悪しによって生物の多様性がまるで違ってきます。
人里(農村部)近い平地渓流(宮城県・山が近い平地/11月) 地形学的には、ダイナミックな蛇行があって1つの蛇行区間あたり1セットの瀬・淵構造がみられることが平地渓流の特徴です(近年は人工的に流路が直線化された河川が多いためこの定義はイメージしにくく なっている)。水量がある程度多い河川の平地渓流域には河原(画像では右側の岸に確認できる。河川工学的には『高水敷』、地形学的には『(狭義の)氾濫原』)が成立することが多く、水遊びやレクリエーションの場として人々にも利用されます。流域に農地や宅地があると水質に厳しい川虫から順に姿を消していきますが、これは同時に種間競争の緩和にもつながっており、汚濁に多少の耐性をもつ種が高密度で生息することが珍しくありません。 代表的な川虫(礫底を好む種):ナミヒラタカゲロウ・エルモンヒラタカゲロウ(ヒラタカゲロウ科)・シロハラコカゲロウ(コカゲロウ科)・ヒゲナガカワトビケラ科2種・シマトビケラ属の一部(シマトビケラ科)・ニンギョウトビケラ(ニンギョウトビケラ科)・カミムラカワゲラ(カワゲラ科)など
人里(住宅地)の平地渓流(福島県・平地/6月) 画像は規模のやや小さい河川です、護岸こそされていますが、流路内にはツルヨシの群落があって生物が生息可能な微小環境が揃っています。近年は農薬に含まれる殺虫剤や界面活性剤が節足動物に対して長期間、強い毒性を示すことが判明してきており、そういった意味では農地に囲まれた河川よりも住宅地に囲まれた河川のほうがむしろきれい、という見方も出てきました(農業排水は排水路から直接河川へと捨てられるが、生活排水は下水道を通じて浄水施設に送られ、浄水されてから河川へ排出される)。 代表的な川虫(ツルヨシ等の植物帯を好む種):ウスイロフトヒゲコカゲロウ(コカゲロウ科)・シリナガマダラカゲロウ(マダラカゲロウ科)・アオヒゲナガトビケラ属(ヒゲナガトビケラ科)など
流量の年変動が大きい平地渓流(北海道・山間部/7月) 特定の時期に極端に水量が増える(または減る)地域では、このよう な広い礫河原を伴う景観がみられます。春に雪解け洪水が起こる豪雪地帯・出水のたびに流路が頻繁に変更される扇状地・夏に渇水が起こる瀬戸内気候の地域に多い環境です。砂礫が厚く堆積した河床は透水性が高く、伏流水を豊富に保持しています。渓流域の川虫の中には、伏流水を利用するものもいます。 代表的な川虫(河床間隙(伏流水)を積極的に利用する種):ヒメシロカゲロウ属の一部(ヒメシロカゲロウ科 ※渇水時)・エダオカワゲラ属各種(カワゲラ科)・ナガカワゲラ類(カワゲラ科)など
平地渓流~平地流移行帯(宮城県・平地/8月) 明確な境界を引くのは非常に難しいのですが、瀬・淵構造が徐々に消失し水面に白い波頭が立たなくなるといよいよ河川は平地流の環境です。平地渓流と平地流との移行帯は河床勾配こそ緩いものの、河床には上流域から運ばれてきた大粒の礫が目立ちます。山地渓流から平地渓流にかけて生息する大きな水流に依存した川虫はこれより下流の環境では一斉にみられなくなるかわりに、緩やかな流れを好む種が目立ってきます。 代表的な川虫(自然度の高い平地渓流~平地流を象徴する種):フライソンアミメカワゲラ(アミメカワゲラ科)・コグサヒメカワゲラ属各種(アミメカワゲラ科)・トウヨウグマガトビケラ(ケトビケラ科)など