An Artless Riverside 川虫館
【ニンギョウトビケラ科 Goeridae】
砂・礫で堅牢な可携巣を作る中型ないしやや小型のトビケラです。図鑑的には、ニンギョウトビケラ属は中胸側板が前面に長く突出することで容易に同定されるほか、翼石(よくせき)で修飾された巣も特徴的なため野外でもすぐに見分けることができます(翼石がついた巣はアツバエグリトビケラ属(クロツツトビケラ科)にもみられるためやや注意)。国内でみられる本科のほとんどはニンギョウトビケラ属なので同定上の問題が生じることは少ないのですが、コブニンギョウトビケラ属は中胸側板の突出も巣の翼石もみられないため、幼虫形態の細部を観察する必要があります。
①前胸・中胸背面に大きなキチン板があり、中胸のものは左右のキチン板がそれぞれ2つに分離している
②触角はごく短小で位置は眼と頭部前縁の中間にある
③巣材は砂、後胸背面に左右3つずつの小さなキチン板があり、腹部第1節背面に肉質隆起をもつ
以上3点を順に確認すれば確実です。
下位分類(国産既知種のリスト)
ニンギョウトビケラ属 Goera
・アマミニンギョウトビケラ Goera akagiae Tanida & Nozaki, 2006
・クルビスピナニンギョウトビケラ Goera curvispina Martynov, 1935
・フトオヒメニンギョウトビケラ Goera dilatata Nozaki & Tanida, 2006
・ニシヒメニンギョウトビケラ Goera extrorsa Nozaki, 2017
・ニンギョウトビケラ Goera japonica Banks, 1906
・カワモトニンギョウトビケラ Goera kawamotonis Kobayashi, 1987
・キョウトニンギョウトビケラ Goera kyotonis Tsuda, 1942
・イズミニンギョウトビケラ Goera lepidoptera Schmid, 1965
・コガタニンギョウトビケラ Goera minuta Ulmer, 1927
・クロニンギョウトビケラ Goera nigrosoma Nozaki & Tanida, 2006
・オガサワラニンギョウトビケ Goera ogasawaraensis Kuranishi, 2005
・イワニンギョウトビケラ Goera rupicola Nozaki & Shimura, 2020
・シコクニンギョウトビケラ Goera shikokuensis Nozaki & Tanida, 2006
・ヒメニンギョウトビケラ Goera spicata Schmid, 1965
・タジマニンギョウトビケラ Goera tajimaensis Tanida & Nozaki, 2006
・タイワンニンギョウトビケラ Goera tenuis Ulmer, 1927
・キタクロニンギョウトビケラ Goera tungusensis Martynov, 1909
・オキナワニンギョウトビケラ Goera uchina Tanida & Nozaki, 2006
コブニンギョウトビケラ属 Larcasia
・コブニンギョウトビケラ Larcasia akagiae Nishimoto & Tanida, 1999
・コガタコブニンギョウトビケラ Larcasia minor Nishimoto, 1999
Silo(属和名未定)
・クロケトビケラ Silo nigricellus (Matsumura, 1907)
(川虫図鑑 成虫編(丸山・花田 編,2016)に基づく)
以上、3属21種が知られています。ニンギョウトビケラ属は種数が多いうえに互いに酷似するものもいて分類学的研究は難航するため、今後も種が増える可能性があります。Silo属のクロケトビケラは近年の記録はなく実態不明であり、実在の検証が必要とされます。
フォトギャラリー
終齢(?)/雌雄不明
2024.07.16 宮城県
終齢/雌雄不明(巣:左(背面)、右(腹面))
2018.12.21 新潟県
終齢(?)/雌雄不明
2024.09.23 宮城県
――――――――――――――――――――――――【 ニンギョウトビケラ 】――――――――――――――――――――――――
生息環境:山地渓流(△)・平地渓流・水路など 観察した地域:宮城・福島・新潟 幼虫の特徴:前胸背面後方に隆起があり、各脚跗節の先端2/3ほどが黒褐色。各地に普通。 季節性・化性:春~秋まで長く発生が続く/1年2~3化程度
齢不詳/雌雄不明
2024.06.27 宮城県
齢不詳/雌雄不明
2024.06.27 宮城県
巣のみ
2018.11.03 新潟県
――――――――――――――――――【 ニンギョウトビケラ属たち(それぞれ種は不明)】――――――――――――――――――
観察した環境:山地渓流 観察した地域:宮城 幼虫の特徴:(種レベルまで同定できていないため割愛) 季節性・化性:(種レベルまで同定できていないため割愛)
観察した環境:山地渓流 観察した地域:宮城 幼虫の特徴:(種レベルまで同定できていないため割愛) 季節性・化性:(種レベルまで同定できていないため割愛)
(詳細不明)
終齢(?)/雌雄不明
2019.01.03 山形県
【 コブニンギョウトビケラ属の一種 】
観察した環境:山地渓流と平地渓流との移行帯 観察した地域:山形 幼虫の特徴:中胸・後胸背面のキチン板配列が特徴的(下の画像参照)。巣は砂・細礫を固めてつくられた個性の薄いもので、他科と紛らわしい。 季節性・化性:早春に羽化/1年1化
観察メモ
・ニンギョウトビケラ属の幼虫は翼石と呼ばれる大粒の礫で巣の左右が修飾された独特の形状の可携巣を作りま
す。山口県の一部地域ではこの巣を人形に見立てて民芸品として加工する文化があり、和名の由来となってい
ます(セシウムやウランを含む放射性鉱物に「人形石」という同名のものがありますが、そちらは無関係)。
参照(外部リンク)
▷ 岩国市公式観光ウェブサイト 岩国 旅の架け橋 > 神秘の旅 > 石人形
・ニンギョウトビケラ属は頭頂部の形状・頭部の斑紋・前胸後方の隆起の有無・脚の斑紋パターンなどで種レベ
ルまで同定できるものも10種程度いますが、既知の全種を網羅的に検索できる検索表は2024年時点ではまだな
く、種同定は難しいです(特に東日本や山岳部の種類は分類の整理が遅れていたため困難)。
・幼虫は蛹化時に浮き石や護岸などの水面直下の部分に集まる習性があり、足場に巣をかたく固着させます。生
息密度の高い場所では礫やコンクリートの表面を覆うようにびっしりと巣が並んでいることもあります。固着
された巣の強度は非常に高く、指先の力では容易に引きはがせないものもいるほどです。
・コブニンギョウトビケラは巣に翼石がなく、幼虫の胸部背面のキチン板の質感もニンギョウトビケラ属とは異
なっているため、一見するとニンギョウトビケラ科に見えません。コブニンギョウトビケラ属は記録が少なく
(特に幼虫)環境嗜好や分布の全容などはまだ完全には分かっていません。
・屋内で詳細に観察する際には幼虫を巣から出す必要がありますが、尾肢が巣の中に引っかかって幼虫をうまく
引き抜けないことが多いです。多くのケーストビケラは刺激性の液体の中に入れると驚いて巣から出てきてく
れることが多いですが、本科幼虫にはこれが通用せず、基本的にピンセット等で物理的に引き抜くしかありま
せん。エタノール等で麻酔ないし固定をした後に巣の後半部分を破壊し、尾肢の引っかかりをとったうえで頭
と反対側から引き抜くのが最も確実です。
・ニンギョウトビケラ属の幼虫はミズバチという寄生蜂の宿主として知られます。水生昆虫に種特異的に寄生す
る寄生生物は多くないため、ミズバチの存在はかなり特異的です。
↑
本科胸部背面のキチン板配列
(画像はニンギョウトビケラ)
赤:前胸、黄:中胸、青:後胸、
ピンク矢印:腹部第一節背面の肉質隆起
胸部背面(コブニンギョウトビケラ属)
キチン板の配置はニンギョウトビケラ属と類似
しますが、色彩が異なるため随分と違う印象を
うけます。
ニンギョウトビケラ属に特有の
前方に大きく突出するツノ状の中胸側板
→
→
→
→
←
←
←
巣の成長(ニンギョウトビケラ属)
ニンギョウトビケラ属幼虫の可携巣の左右に配置される翼石は若齢幼虫では
1対のみ(左画像)ですが、巣が大きくなるにつれて2対、3対…と数が増えて
いきます(数・配置は必ずしも左右対称でなく、最終的な翼石の数や配置には種ごとに傾向があるとされる)。翼石が少なく全体的に楕円形をしている
若齢幼虫の巣はヤマトビケラ科の巣と紛らわしいことがあります。
巣の断面(ニンギョウトビケラ属)
翼石があるぶん、断面形状は左右に張り出した独特の形です。
幼虫は絹糸を何重にも張って砂礫をつなぎ固めるため巣の強度は高く、
全トビケラの中でも最も堅牢な巣をもつトビケラのひとつです。
横アングル
翼石よりもさらに大粒の礫を背面に背負っている珍しいタイプの個体。
ミズバチに寄生されたニンギョウトビケラ属の一種 (2022.12.23 宮城県)
巣から飛び出ているリボン状のもの呼吸器官で、トビケラの幼虫を食べて
大きくなったミズバチの終齢幼虫はこの気管を通して酸素を得ると言われています
(蛹も同様)。ニンギョウトビケラ属の他、ヨツメトビケラなどにも寄生した
事例があるようです。ミズバチは自然度の高い渓流でしかみられず、
自治体によっては絶滅危惧種に指定されていることもあります。