An Artless Riverside 川虫館
【ヘビトンボ目 Megaloptera】
ヘビトンボ目は完全変態昆虫(幼虫と成虫との間に蛹のフェーズがある昆虫)の中で最も原始的な仲間とされます。幼虫は全種水生で、河川や湖沼・ごく浅い染み出しなど多様な水環境へ進出していますが、国内からはヘビトンボ科とセンブリ科の2科が知られているのみで、昆虫の中では種数の少ないグループです。
幼虫は発達した大顎で他の小昆虫を襲う獰猛な肉食性で、とりわけヘビトンボProtohermes grandis の幼虫はいわゆる川虫の中で最大で、「川ムカデ」や「孫太郎虫」の名でも知られます。本目幼虫は『風の谷のナウシカ』の腐海にでも出てきそうな禍々しい見た目をしていますが、大きく育ったヘビトンボの幼虫を焼いたものは古くから漢方薬として用いられてきた歴史もあり、虚弱体質の改善や精力増進に効くと言われていた(いる)ようです。
ヘビトンボ科・センブリ科ともに成虫は4枚の翅を持っていますが、翅の強度はさほど高くなく飛翔筋の発達も弱いため、長距離を飛んだり高速で飛んだりすることはできません。そのため地理的な隔離が起こると個体群が独自の遺伝的進化を遂げるケースが多いようで、南西諸島には複数の島に固有種が分布しています。成虫の翅の特徴から姉妹群であるアミメカゲロウ目の中に含まれることもありますが、最近はヘビトンボ目を独立した目として扱う文献が多いため、本HPもこれに従います。
フォトギャラリー

終齢の1~2齢前/雌雄不明
2019.06.19 宮城県
【 ヘビトンボ 】
生息環境:山地渓流・平地渓流 記録済みの地域:岩手・宮城・山形・福島・新潟・茨城・東京 幼虫の特徴:頭部はオレンジ、腹部下面にふさ状のえらが並ぶ。腹部両側の突起には毛が生える。南西諸島(奄美群島・八重山諸島)にはより小型で近縁のアマミヘビトンボ・ミナミヘビトンボが生息するが、分布は重複せず、同定上の問題はない。 季節性・化性:晩春~夏に羽化/2-3年1世代(地域の水温によって化性は異なる)

終齢の1~2齢前/雌雄不明
2019.07.03 宮城県
【 ヤマトクロスジヘビトンボ 】
生息環境:染み出し・源流・細流・山地渓流(△)・平地渓流(△)。水系末端の水量の少ない水場を好む。 記録済みの地域:岩手・宮城・山形・福島・新潟 幼虫の特徴:頭部は濃い赤黒色~黒、頭楯は乳白色。腹部下面にふさ状のえらはなく、腹部両側の突起は毛を欠く。腹部末端背面の呼吸管の形状で近縁種と区別できる。 季節性・化性:晩春~夏に羽化/生活史はヘビトンボ同様2-3年1世代程度と思われるが詳細不明。

終齢/雌雄不明
2019.07.07 秋田県

亜終齢(?)/雌雄不明
2021.02.20 宮城県

終齢の1~2齢前/雌雄不明
2021.03.20 宮城県
【 タイリククロスジヘビトンボ 】
生息環境:源流・細流・山地渓流・平地渓流(△)。水系末端の水量の少ない水場を好むが、ヤマトクロスジヘビトンボよりは水量の多い場所にいる傾向があり、渓流中からもよく見つかる。 記録済みの地域:宮城・山形・新潟 幼虫の特徴:頭部は濃い赤黒色~黒、頭楯は黒。腹部下面にふさ状のえらはなく、腹部両側の突起は毛を欠く。腹部末端背面の呼吸管の形状で近縁種と区別できる。 季節性・化性:晩春~夏に羽化/生活史はヘビトンボ同様2-3年1世代程度と思われるが詳細不明。

終齢/雌雄不明
2019.12.09 山形県
【 センブリ属の一種 】
生息環境:水質の良い湖沼・渓流のよどみ・平地流など。種によって環境嗜好はやや異なる。 記録済みの地域:(種レベルまで同定できていないため割愛) 幼虫の特徴:センブリ科(国産既知種はセンブリ属のみ)は腹端から1本の糸状の尾が生えることで容易にヘビトンボ科と見分けられる。属内各種は幼虫形態が酷似しており、一部を除いて確実な種同定は困難。 季節性・化性:晩春~夏に羽化/基本的に全種1年1世代(?)
観察メモ
・見るからに強そうな大顎を持っており、噛まれると痛そうです。なお管理人は日
頃から丁寧に扱っているため、これまで噛まれたことがありません。
・ヘビトンボは大食漢であることから「ヘビトンボがいると他の川虫がいなくな
る」などと言われていることがありますが、それは少し誇大表現であると思いま
す。ヘビトンボの密度が高いと確かに他の川虫の数が少なめだと感じることはあ
りますが、ヘビトンボもある程度の餌がある環境でないと絶対に生きてはいけま
せん。
・幼虫は夜行性が強く、暗い時間には水底の表面を活発に這いまわっていることが
あります。
――――――――――【 ネグロセンブリ 】――――――――――
生息環境:渓流のよどみ・平地流など 記録済みの地域:秋田・宮城・福島 幼虫の特徴:属内で最も腹部の突起が長く、長さは腹部の横幅と同程度。また前胸部が縦長で、背面から見ると正方形に近い(他の種は横に広い長方形)。 季節性・化性:晩春~夏に羽化/1年1世代


ヘビトンボ
腹側にあるふさ状のえらはカワゲラ科のえらを彷彿とさせます。
ヘビトンボとカワゲラは縁遠い昆虫ですが、
興味深い収斂進化の一例です。
ヤマトクロスジヘビトンボ
サラサヤンマのヤゴをさがして湿地内の朽ち木をひっくり返していたら
出てきた個体です。到底流れとは呼べないような小規模な環境を好みます。
クロスジヘビトンボ属で広く一般的に分布するのはヤマトとタイリクの2種ですが、
アサヒナクロスジヘビトンボ(西日本)やチクシクロスジヘビトンボ(九州)
などのご当地クロスジヘビトンボも存在します。


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ヤマトクロスジヘビトンボ
頭楯の色と呼吸管(黄矢印)の配置・長さが同定のポイントです。

センブリ属の一種


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タイリククロスジヘビトンボ

タイリククロスジヘビトンボ