An Artless Riverside 川虫館
【マルバネトビケラ科 Phryganopsychidae】
植物片で不定形の可携巣を作る中型のトビケラです。不定形の可携巣だけで十分な同定形質となりえますが、図鑑的には、胸部背面は前胸・中胸が広くキチン化し、後胸側面に小さなキチン板が一対だけあることで他科と識別されます。
下位分類(国産既知種のリスト)
マルバネトビケラ属 Phryganopsyche
・シロフマルバネトビケラ Phryganopsyche brunnea Wiggins, 1969
・マルバネトビケラ Phryganopsyche latipennis (Banks, 1906)
(川虫図鑑 成虫編(丸山・花田 編,2016)に基づく)
以上、1属2種が知られています。世界的にみても1属4種からなる小規模な科です。
フォトギャラリー
終齢(?)/雌雄不明(巣のみ)
2019.12.09 山形県
終齢/雌雄不明
2023.02.27 宮城県
同個体(幼虫のみ拡大)
――――――――――【 マルバネトビケラ属の一種(マルバネトビケラ?)】――――――――――
生息環境:山地渓流・平地渓流・平地流。山地から平地まで広く生息するが、一貫して水路のような小規模な流れを好む。水底に十分量のリターが堆積している環境であれば、U字溝に多産することもある。 記録済みの地域:山形・宮城・新潟 幼虫の特徴 :植物質でできた、容易に屈曲する柔軟な巣が最大の特徴。ステージ後半の幼虫のものであれば巣だけでも本科の幼虫と分かる。幼虫本体はエグリトビケラ科の一部などと紛らわしいが、後胸背面のキチン板の分布や胸部および尾肢周辺の剛毛の並びなどが少しずつ異なる。 季節性・化性:成虫は晩春~秋まで長くみられ、地域によっては明確な二峰性の発生消長を示すという/1年1~2世代
観察メモ
・上記(写真個体の詳細)の通り、柔軟で不定形の巣が大きな特徴です。これは巣の裏側から巣を補強
している糸の本数が少ないことに由来しており、防御力が低いかわりに制作コストの低い省エネタイ
プの巣といえます。巣材は柔らかい植物質ですが、他の多くのトビケラのように巣材を切り出す形や
切り貼りの方法にはこだわりがなく、場所や個体によってさまざまな植物片を使った多様な形の巣を
見ることができます。
・天敵となる大型の魚が生息しないような小規模な流れで見つかることが多いです。捕食者からの防衛
にコストをかける必要が薄いから強度の低い巣を採用しているのか、巣の強度が低いから捕食者が少
ない環境でのみ生き残ってきたのか、調べてみたいものです。
・2024年現在、幼虫時点でシロフマルバネとマルバネとを外部形態で確実に見分ける方法は確立されて
いません。ただし、シロフマルバネはマルバネよりも山がちな地域に偏って生息しているとされ、生
息環境から種を推測できることもあります。
・エタノールやホルマリン等に入れると幼虫が驚いて巣から飛び出てしまうことがあります。とにかく
巣が特徴的なので巣とセットであれば同定は容易ですが、幼虫単体となると途端に他科と混同しやす
くなります。リターパックを大雑把に掬ってまるごとエタノール等で固定し、後で屋内で種同定を行
う場合が多い環境調査の業務などでは注意が必要です。
巣から出され、応急で新しい巣を作る幼虫
生息環境
決して希少種ではないのですが、だからといってどこにでもいるイメージもないトビケラです。図鑑等には『平地にもいる』との旨の記述が散見されますが、個人的には山が近くて自然度の高いエリアのトビケラのイメージです。思い当たるふしとしてアメリカザリガニとの相性の悪さがあり、お互いに好む環境が似通っている(流れのゆるい小川)ために、ザリガニが高密度で繁殖している地域では生き残ることができないのではないかと推測しています。現代日本でアメリカザリガニのいない大規模な平野部というものはほとんど存在していないため、本種が平野でみられる場所はとても貴重だと思います。
生息環境例(宮城県/8月)