An Artless Riverside 川虫館
【フトヒゲトビケラ科 Odontoceridae】
細礫で円筒形の巣を作る中型ないし大型のトビケラです。
①前胸・中胸は広くキチン板に覆われ、後胸は膜質部が多い
②腹部第1節背面・側面にそれぞれ肉質隆起をもつ
③触角は短小で頭部前縁から生える
④後脚は前脚・中脚に比べて極端に発達したりせず、爪の変形もない
⑤前胸を横断する隆起がない(ツノツツトビケラ科との区別点)
⑥尾肢から生える剛毛は数本程度(ケトビケラ科との区別点)
以上6点を順に観察することで同定されますが、図鑑通りに検索表をたどっていくと検索表の最深部までもつれこむグループなため慣れないと誤同定リスクが高いです。種数が少なく環境嗜好もある程度決まっているため、採集地の環境と全体の形態的な雰囲気を覚えると誤同定リスクが減ります。
下位分類(国産既知種のリスト)
ヨツメトビケラ属 Perissoneura
・ヨツメトビケラ Perissoneura paradoxa McLachlan, 1871
・オオヨツメトビケラ Perissoneura similis Banks, 1906
キソトビケラ属 Psilotreta
・アマミキソトビケラ Psilotreta atrocaudata Kawase, 2022
・フタコブキソトビケラ Psilotreta bitubercula Kawase, 2022
・キイロキソトビケラ Psilotreta flavida Kawase, 2021
・ヒトスジキソトビケラ Psilotreta japonica (Banks, 1906)
・フタスジキソトビケラ Psilotreta kisoensis Iwata, 1928
・モリタキソトビケラ Psilotreta moritai Kawase, 2021
・オキナワキソトビケラ Psilotreta spatulata Kawase, 2022
・ウズキソトビケラ Psilotreta voluta Kawase, 2021
(川虫図鑑 成虫編(丸山・花田 編,2016)、 日本産トビケラのリスト (外部リンク/2024年8月閲覧)に基づく)
以上、2属10種が知られています。小規模な科ですが、キソトビケラ属は2020年以降に6種が記載され種数が大きく増えました。成虫は分散性が低いようで地理的な隔離によって種分化が働いているため、観察場所の情報が種同定の大きなキーになります。
フォトギャラリー
終齢/雌雄不明
2020.01.02 山形県
【 ヨツメトビケラ 】
生息環境:山地渓流、山地・丘陵地の細流 記録済みの地域:山形・茨城 幼虫の特徴:前胸側面は前方へ突出せず、後胸背面の3対の小さなキチン板は癒合せず独立している。本州・四国に分布するとされ、九州のオオヨツメとは分布域の違いで同定可能だが形態的な差異は未検証。 季節性・化性:成虫は晩春~初夏に見つかる/1年1化
齢不詳(3or4齢)/雌雄不明
2024.09.19 宮城県
終齢/雌雄不明
2018.11.08 新潟県
【 フタスジキソトビケラトビケラ 】
生息環境:山地渓流・山地の細流 記録済みの地域:秋田・山形・宮城・新潟 幼虫の特徴:前胸側面は前方へ突出しており、後胸背面の複数のキチン板は癒合して一枚の薄膜状となる(属内共通)。前・中胸背面には2本、頭部には3本の褐色条が走ることで同属他種と識別可能とされるが2020年以降に記載された各種については幼虫形態の情報が乏しいため種固有の形質と言えるかどうかは保留。 季節性・化性:成虫は主に初夏に記録されている/1年1化
観察メモ
・幼虫の腹部にはふさ状に分岐した気管鰓が並びます。
・科の和名は成虫の触覚に由来しており、幼虫のものはごく短小です。
・幼虫は終齢になると巣の後半部分を切り外すため、亜終齢までの巣と終齢の巣とでは印象が異なります。
・若齢時の巣はケトビケラ科やマルツツトビケラ属の一部(カクスイトビケラ科)、終齢の巣はオンダケトビケラ属(エグリト
ビケラ科)などに酷似するため巣のみでの同定は危険かつ困難です。幼虫本体を観察することではじめて科レベルの同定が可
能で、トビケラ同定初心者の前に立ちはだかる大きな障壁のひとつかもしれません。
・本科の幼虫は巣内側の絹糸の補強が粗雑であるため見た目の割に巣の強度が低いという特徴があります。例えば巣材・巣型が
酷似するオンダケトビケラの巣をへし折るのに必要な指先の力を100とすると、本科の巣は40~60くらいで折れる印象です。
かなり玄人向けにはなってしまいますが、巣だけ採集された科不明のこの手の巣に関しては、手で折る際の感触で本科かどう
かの推測が可能です。
終齢/雌雄不明
2023.12.24 山形県
【 フタスジキソトビケラ(?)】
観察した環境:小規模な平地渓流 記録済みの地域:山形 幼虫の特徴:フタスジキソトビケラに酷似するが、前胸側面の突出部の形状がフタスジキソトビケラ(画像上段個体たち)とわずかに異なるため種の断定は避けた。 季節性・化性:(確実に同定できていないため割愛)
本科胸部背面のキチン板配列
(画像はフタスジキソトビケラ)
赤:前胸、黄:中胸、青:後胸、
ピンク矢印:腹部第一節の肉質隆起
正面(ヨツメトビケラ)
エグリトビケラ科によくある逆V字の褐色斑が目立ちます。
頭・胸部の斑紋は本科幼虫における種同定に有効なポイントです。
終齢の可携巣
(左:オンダケトビケラ、
右:フタスジキソトビケラ)
巣材の礫のサイズの選好性に違いがあるようにも見受けられますが、巣だけでこれらを見分けることは難しいです。
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キソトビケラ属の前胸側縁の突起(左:フタスジキソトビケラ、右:フタスジキソトビケラ似の不明種(上画像))
右の個体の突起は先端部が太く、上方向へのわずかなハネがみられません。
同種の変異の範疇かもしれませんが、2024年時点では詳細は不明です。
生息環境
少なくとも南東北エリアでは本科の安定した生息地は深成岩の風化によって細礫が豊富に生産される花崗岩や閃緑岩質の山系であることが多く、自然度の高いエリアであっても変性していない堆積岩や火山岩質の山ではほとんど見かけません。巣材には長石・石英・雲母などの比較的比重の軽い鉱物が好んで用いられ、無色鉱物主体で作られた巣はキラキラしており美しいです(画像ではなかなか伝わりません)。一方で流れを取り囲む樹林のタイプにはあまり頓着がないようで、落葉広葉樹の枯葉を好むトビケラの多様性が一気に低下するスギ林内の流れであっても、水質条件さえよければ少なからずみられることがあります。
生息環境例(山形県/5月)