An Artless Riverside 川虫館
【ヒラタカゲロウ科 Heptageniidae(1)】
河床の基質に張り付くことに特化して形態進化を遂げた扁平な体が特徴のカゲロウです。顔つきや脚のつき方が独特なほか、2本ないし3本の長いテールも目を引きます。図鑑的には、
①頭部前方に突出した大顎がない
②前脚の内側に長い剛毛が密生しない
③複眼が頭部の背面についており、体が扁平
以上3点を順に確認することで同定できます。カゲロウの中では比較的分類が進んでいる属が多い仲間で、詳しく観察すれば種レベルまで落とせるものも多いですが、種数が多いため細かく覚えるには時間と経験を要します。
下位分類(国産既知種のリスト)
タニガワカゲロウ亜科 Ecdyonurinae
タニガワカゲロウ属 Ecdyonurus
・ヒメタニガワカゲロウ Ecdyonurus scalaris Kluge,1983
・オニヒメタニガワカゲロウ Ecdyonurus bajkovae Kluge,1986
・フタオビタニガワカゲロウ Ecdyonurus bifasciatus Navas,1933
・キイロタニガワカゲロウ Ecdyonurus flavus Takahashi,1929
・ミナミタニガワカゲロウ Ecdyonurus hyalinus (Ulmer,1912)
・キブネタニガワカゲロウ Ecdyonurus kibunensis lmanishi,1936
・アシグロヒメタニガワカゲロウ Ecdyonurus naraensis Gose,1968
・トラタニガワカゲロウ Ecdyonurus tigris lmanishi,1936
・ミドリタニガワカゲロウ Ecdyonurus viridis (Matsumura,1931)
・シロタニガワカゲロウ Ecdyonurus goshidae Takahashi,1924
・ミナミマダラタニガワカゲロウ Ecdyonurus fracta (Kang & Yang, 1994)(※1)
クロタニガワカゲロウ属 Thamnodontus
・クロタニガワカゲロウ Thamnodontus tobiironis (Takahashi,1929)
キハダヒラタカゲロウ亜科 Heptageniinae
キハダヒラタカゲロウ属 Heptagenia
・サトキハダヒラタカゲロウ Heptagenia flava Rostock, 1878
・キョウトキハダヒラタカゲロウ Heptagenia kyotoensis Gose, 1963
・ムナグロキハダヒラタカゲロウ Heptagenia pectoralis Matsumura, 1931
ウズキキハダヒラタカゲロウ属 Kageronia(※2)
・キハダヒラタカゲロウ Kageronia kihada (Matsumura, 1931)
ヒラタカゲロウ亜科 Rhithrogeninae:【ヒラタカゲロウ科 Setisura(2)】で紹介
オビカゲロウ属 Bleptus
・オビカゲロウ Bleptus fasciatus Eaton,1885
・ミチノクオビカゲロウ Bleptus michinokuensis Tojo, 2021
ミヤマタニガワカゲロウ属 Cinygmula
・チャイロミヤマタニガワカゲロウ Cinygmula adusta (lmanishi, 1935)
・エゾミヤマタニガワカゲロウ Cinygmula cava (Ulmer,1927)
・セスジミヤマタニガワカゲロウ Cinygmula dorsalis (lmanishi,1935)
・ミヤマタニガワカゲロウ Cinygmula hirasana (lmanishi,1935)
・クロミヤマタニガワカゲロウ Cinygmula putoranica Kluge,1980
・ヤヨイミヤマタニガワカゲロウ Cinygmula sapporensis (Matsumura, 1904)
・ハルノミヤマタニガワカゲロウ Cinygmula vernalis (lmanishi,9935)
ヒラタカゲロウ属 Epeorus
・キイロヒラタカゲロウ Epeorus aesculus lmanishi, 1934
・イワヒラタカゲロウ Epeorus cumulus lmanishi, 1939
・ウエノヒラタカゲロウ Epeorus curvafulus Matsumura, 1931
・ミナミヒラタカゲロウ Epeorus erratus Braasch, 1981
・オナガヒラタカゲロウ Epeorus hiemalis lmanishi, 1934
・ナミヒラタカゲロウ Epeorus ikanonis Takahashi,1924
・エルモンヒラタカゲロウ Epeorus latifolium Ueno,1928
・マツムラヒラタカゲロウ Epeorus l-nigrus Matsumura,1931
・タニヒラタカゲロウ Epeorus napaeus lmanishi, 1934
・ユミモンヒラタカゲロウ Epeorus nipponicus (Ueno,1931)
・キタヒラタカゲロウ Epeorus uenoi (Matsumura,1933)
ヒメヒラタカゲロウ属 Rhithrogena
・ヒメヒラタカゲロウ Rhithrogena japonica Ueno,1928
・ミナヅキヒメヒラタカゲロウ Rhithrogena minazuki lmanishi,1936
・タイワンヒメヒラタカゲロウ Rhithrogena parva (Ulmer,1912)
・タテヤマヒメヒラタカゲロウ Rhithrogena tateyamana Imanishi, 1936
・サツキヒメヒラタカゲロウ Rhithrogena tetrapunctigera Matsumura, 1931
(日本産水生昆虫 第二版(川合・谷田 編,2018);川虫図鑑 成虫編(丸山・花田 編,2016)に基づく)
以上、7属41種が知られています(フタオビタニガワカゲロウ(タニガワカゲロウ属)は近年の記録はなく詳細不明)。ほかにもミヤマタニガワカゲロウ属とウズキキハダヒラタカゲロウ属には未記載種と思われるものが確認されています。成虫のみで記載されている種や幼虫と成虫との紐付けがされていない種もいます。
※1:川虫図鑑 成虫編(丸山・花田,2016)においてマダラタニガワカゲロウ属 Erectrogena の不明種とされていたもの。
※2:キハダヒラタカゲロウ属の模式種とされていたキハダヒラタカゲロウKageronia kihada (Matsumura, 1931)(旧Heptagenia kihada Matsumura,1931)は、海外種
の分類再検討を受けてウズキキハダヒラタカゲロウ属 Kageronia に独立しました。2024年現在、キハダヒラタカゲロウはキハダヒラタカゲロウ属に含まれていない
ので注意が必要です。混乱を招くので、属和名または種和名の再検討が望ましいと思います。
(種数が多く、1ページにまとめると1ページあたりの容量上限を超えてしまうため、本HPでは便宜上、タニガワカゲロウ亜科Ecdyonurinae / キハダヒラタカゲロウ亜科 Heptageniinaeとヒラタカゲロウ亜科 Rhithrogeninaeとでそれぞれ別のページを設けています。)
フォトギャラリー
【タニガワカゲロウ属】
終齢/♂
2024.04.30 宮城県
終齢/♀
2024.04.30 宮城県
――――――――【 ヒメタニガワカゲロウ(?) 】―――――――
亜終齢/♂(?)
2021.03.06 福島県
【 オニヒメタニガワカゲロウ 】
亜終齢/♀(死後すぐに撮影)
2020.05.02 宮城県
【 タニガワカゲロウ属の一種
(ミドリタニガワカゲロウ?)】
観察した環境:平地渓流 記録済みの地域:岩手・宮城 幼虫の特徴:終齢時6-7 mmと小型。テールは短く(後脚腿節長の2倍程度)、テールの中ごろ以降に明瞭な毛が並ぶ。体斑の濃淡は個体差が激しいが基本的な体斑パターンは決まっていると思われる。 季節性・化性:詳細不明
観察した環境:平地渓流 記録済みの地域:福島 幼虫の特徴:属内では際立って小型(終齢時5 mm以下)。脚と腹部の基部・先端に濃褐色のバンドをもつ。テールは短く(後脚腿節長の2倍程度)、テールの中ごろ以降に明瞭な毛が並ぶ。 季節性・化性:春に羽化の1年1化と思われるが詳細不明
(詳細不明)
終齢/♀(羽化直前)
2021.05.12 宮城県
終齢/♀
2023.11.05 宮城県
――――――――【 タニガワカゲロウ属の一種 】―――――――
(アシグロヒメタニガワカゲロウ or 近縁の未記載種①)
観察した環境:平地渓流 記録済みの地域:宮城 幼虫の特徴:幼虫時点での種同定は難しい。 季節性・化性:宮城では春~秋まで長くみられる/1年2化程度と思われるが詳細不明
終齢/♂
2024.04.30 宮城県
終齢/♀
2024.04.30 宮城県
――――――――【 タニガワカゲロウ属の一種 】―――――――
(アシグロヒメタニガワカゲロウ or 近縁の未記載種②)
観察した環境:山地渓流 記録済みの地域:宮城 幼虫の特徴:幼虫時点での種同定は難しい。 季節性・化性:詳細不明
終齢/♀(?)
2020.09.04 宮城県
終齢/♀(羽化直前)
2021.05.12 宮城県
終齢の2つ前/♀
2021.03.20 宮城県
――――――――――――――――【 シロタニガワカゲロウ 】―――――――――――――――
生息環境:山地渓流(まれ)・平地渓流・平地流・大きな湖沼 記録済みの地域:岩手・山形・宮城・福島・新潟・東京 幼虫の特徴:頭部前縁に4つの淡色の小斑が並ぶ。脚・腹部のま だら模様も目立つ(体色の濃淡は個体差が大きい)。各脚腿節の後縁には刺毛と長毛の両方がともに広く並ぶ。酷似する種が2,3種おり幼虫時点での種同定は難しいが、少なくとも東北地方では同属他種よりも圧倒的に生息量が多く、この型の幼虫は高確率で本種。 季節性・化性:宮城では春~秋まで長くみられる/1年2化程度
シロタニガワカゲロウ
暗い体色の個体(自然下)
シロタニガワカゲロウ
明るい体色の個体(自然下)
観察メモ(タニガワカゲロウ属)
・サイズは種ごとにばらつきが大きく、同属であっても雰囲気が異なるものもいます。最小種であるオニヒメタニガワカゲロウは終齢でも4-4.5 mmほどで、科内でも最小
の部類です。
・腹部にはふさ状のえらと葉状のえらが両方あり、ふさ状のえらは大きく明瞭、葉状のえらの先端は尖ります。小顎腹面に面的に毛が生える点も特徴ですが、これを観察
するには少なくとも100倍程度で観察できる顕微鏡が必要です。
・テールは3本で、テールが短くて明瞭な毛が生える種群(ヒメタニガワ・オニヒメタニガワ等)とテールが長くて毛がほぼない種群(それ以外)とがいます。この2種群
は別属として分けるほうが妥当ではないかとも思いますが、少なくとも2024年時点では同属としてまとまっています。
・ふさ状のえらがよく発達しているおかげか、一部の種は溶存酸素レベルの低い水中でも活動できます。タニガワカゲロウという名前ですが平地渓流にも多く、特にシロ
タニガワカゲロウは止水域(破砕湖岸を伴う大きな湖など)に産する事例もあります。
・体斑が不明瞭な種のステージ中盤の幼虫はウズキキハダヒラタカゲロウ属Kageronia の幼虫と酷似しており、同定するには小顎内葉の毛の生え方と脚先の微細構造(各
脚の爪の基部の突起と鋸歯状構造の有無)を顕微鏡で観察する必要があります。
・基本的に種ごとに斑紋や色彩が決まっておりマダラカゲロウ科の幼虫のような著しい色彩多型は報告されていませんが、体斑の濃淡は個体差が大きいです。また、2段
目右2枚で紹介しているタニガワカゲロウ属不明種の幼虫にはいくつかの体斑パターンがあることを確認しています。
【クロタニガワカゲロウ属】
終齢/♂
2023.03.20 宮城県
終齢/♀
2023.03.20 宮城県
終齢の2つ前(?)/♀
2023.11.09 宮城県
――――――――――――――――――――――――【 クロタニガワカゲロウ 】―――――――――――――――――――――――
生息環境:源流・細流(渓流色の強いもの)・山地渓流(まれ) 記録済みの地域:岩手・山形・宮城・福島・新潟 幼虫の特徴:胴体はほぼ無斑で、ステージ後半の幼虫は全身暗色。テールの基部寄りが太い。がっしりした体型。 季節性・化性:春の前半に羽化/1年1化
観察メモ(クロタニガワカゲロウ属)
・以前はタニガワカゲロウ属に含まれていましたが成虫の頭部の形態の違いによって別属として独立しました。幼虫の特徴はタニガワカゲロウ属に準じますが、腹部第7
節の葉状のえら(葉状のえらのうち最後部の一対)は幅がなく、非常に細長いことが本種に特有の特徴です。
・テールは3本で、テールの前半部は同科の他種よりも太く、ややがっしりした印象です。テールは体長より明らかに長くなります。
・腹部にはふさ状のえらと葉状のえらが両方あり、ふさ状のえらは大きく明瞭、葉状のえらの先端は尖ります。
・胴体に目立った体斑はなく、ステージ後半の幼虫は全身が暗色です。木陰の多い細い沢筋の環境を指標する種で、生息環境もはっきりしているため、慣れれば野外でも
すぐに同定できます。
【キハダヒラタカゲロウ属】
終齢の2つ前(?)/♀
2018.12.16 新潟県
終齢の2つ前(?)/♀(液浸標本)
2018.11.08 新潟県
――――――――――――【 キョウトキハダヒラタカゲロウ 】―――――――――――
生息環境:平地渓流・平地流 記録済みの地域:新潟 幼虫の特徴:テールと脚がきわめて長く、腹部は細い。腹部には葉状のえらを欠く。大型。 季節性・化性:春~夏に羽化/1年1化
観察メモ(キハダヒラタカゲロウ属)
・腹部・脚・テールが長く、クモのような体型です。終齢幼虫は15 mmを超える大型種群です。
・テールは3本で、テールは体長の2倍近くに達します(ただしきわめて折れやすい)。
・腹部第1~7節にふさ状のえらがあります。葉状のえらの有無は種によって異なるようです(上画像の個体は葉状のえらを完全に欠く)。
・平野部やその周縁の、ある程度規模の大きな河川の渓流域やその近くの支流の緩流部から記録されることが多いです。本グループの生息圏は護岸工事や汚水の流入とい
った人為的撹乱を受けやすく、産地はやや局地的です。
・幼虫は巨礫や大きな流木・河床の岩盤面などの安定した構造物の表面を好むらしく、通常のキック法では網にかかりにくいです。多産地を除き、幼虫採集の難易度は高
いです。
【ウズキキハダヒラタカゲロウ属 Kageronia 】
亜終齢/♀
2020.01.25 宮城県
終齢/♂
2023.04.10 山形県
終齢/♀
2023.04.10 山形県
亜終齢/♀
2024.02.17 山形県
【 キハダヒラタカゲロウ(?) 】
―――【 Kageronia 不明種①(キハダヒラタカゲロウ?)】―――
【Kageronia 不明種② 】
観察した環境:細流 記録済みの地域:宮城 幼虫の特徴:ミヤマタニガワカゲロウ属によく似るが腹部の葉状のえらの先端が尖る。体は無斑で黄色っぽい。 季節性・化性:春に羽化の1年1化と思われるが詳細不明
観察した環境:細流・山地渓流(多雪・寒冷地) 記録済みの地域:青森・山形・新潟 幼虫の特徴:日本海側の冷涼な沢でみられる種群。赤褐色で、腹部に淡色の小斑が並ぶ。 季節性・化性:春~初夏に羽化の1年1化思われるが詳細不明
観察した環境:細流・山地渓流 記録済みの地域:山形 幼虫の特徴:(1)に似るが、より大型で体色のコントラストが強い。 季節性・化性:詳細不明
観察メモ(ウズキキハダヒラタカゲロウ属)
・キハダヒラタカゲロウ属から独立して新設された新しい属で、2023年現在、国内からはキハダヒラタカゲロウのみが記載されていますが未記載と思われる種も確認して
います。
・テールは3本で、テールの長さは体長より少し長い程度です。
・腹部にはふさ状のえらと葉状のえらが両方あり、ふさ状のえらは大きく明瞭です。『日本産水生昆虫』では葉状のえらの先端は尖らないとされていますが、東北では尖
る個体しか観察できていません。要検討です。
・自然度の高い環境を好みますが、流速の大きい渓流というよりも流れが少しゆるい有機質(落ち葉や泥など)の多い流れを好んでいるため、産地は人里近い丘陵地や大
きな山塊の山ぎわが主です。
生息環境
生息環境例(山形県/2月)
生息環境例(山形県/5月)