An Artless Riverside 川虫館
【オナシカワゲラ科 Nemouridae】
ずんぐりした体型のものが多い小型のカワゲラです。図鑑的には、
①中胸・後胸の側面(各脚の基部)に糸状のえらがない
②下唇の中舌と側舌がほぼ同大
③体は扁平でなく、テールは体長の1/2よりも長く、ステージ後半の幼虫の左右の翅芽は基部で接しない
④各脚の跗節の第2節は他の節に比べて短く、腹部第9節の腹板は後方へ伸びない
以上の4点によって同定されますが、②・④は顕微鏡下での観察が必要です。③はヒロムネカワゲラ科と、④はシタカワゲラ科と区別するポイントです。ただし、テールと触覚の長さ・太さや体型などの総合的な雰囲気から、オナシカワゲラ属以外は慣れれば肉眼でも見分けられるようになります。オナシカワゲラ属の一部はキシタカワゲラ属(シタカワゲラ科)に酷似しており、これらをスムーズに肉眼で見分けるには修行が必要です。
下位分類(国産既知種のリスト)
フサオナシカワゲラ属 Amphinemura
・モンオナシカワゲラ Amphinemura megaloba (Kawai, 1960)
・サトモンオナシカワゲラ Amphinemura zonata (Okamoto, 1922)
・ヤマモンオナシカワゲラ Amphinemura dentifera Zhiltzova, 1979
・リュウキュウモンオナシカワゲラ Amphinemura ryukyuensis Shimizu, 1998
・エゾフサオナシカワゲラ(=ヨツカギオナシカワゲラ) Amphinemura flavostigmaz (Okamoto, 1922)
・ヒトコブオナシカワゲラ(=カギオナシカワゲラ) Amphinemura monotuberculata (Kawai, 1956)
・ニッコウカギオナシカワゲラ Amphinemura nikkoensis Shimizu, 1998
・ゴカクオナシカワゲラ Amphinemura pentagona (Okamoto, 1922)
・ジュッポンオナシカワゲラ Amphinemura decemseta (Okamoto, 1922)
・オキナワオナシカワゲラ Amphinemura okinawaensis Kawai, 1968
・ヤジリオナシカワゲラ Amphinemura sagittata (Okamoto, 1922)
・マルオナシカワゲラ Amphinemura bulla Shimizu, 1997
・ウスイロオナシカワゲラ Amphinemura flavicollis Klapálek, 1912
・コンボウオナシカワゲラ Amphinemura clavigera Shimizu, 1997
・カワイオナシカワゲラ Amphinemura kawaii Shimizu, 1997
・ムネオナシカワゲラ(=ナガハリオナシカワゲラ) Amphinemura longispina (Okamoto, 1922)
インドオナシカワゲラ属 Indonemoura
・クロオナシカワゲラ Indonemoura nohirae (Okamoto, 1922)
ユビオナシカワゲラ属 Protonemura
・カドオナシカワゲ Protonemura angulata Shimizu, 1998
・バウマンオナシカワゲラ Protonemura baumanni Shimizu, 1998
・(和名未定)Protonemura curvata Zhiltzova, 1981
・エルモレンコオナシカワゲラ Protonemura ermolenkoi Zhiltzova, 1982
・(和名未定)Protonemura excavata Shimizu, 1998
・ハッコウダオナシカワゲラ Protonemura hakkodana Shimizu, 1998
・ホタカオナシカワゲラ Protonemura hotakana (Ueno, 1931)
・コウノオナシカワゲラ Protonemura kohnoae Shimizu, 1998
・エンバンオナシカワゲラ Protonemura orbiculata Shimizu, 1998
・トゲコブオナシカワゲラ Protonemura seticollis Shimizu, 1998
・(和名未定)Protonemura strumosa Shimizu, 1998
・トワダオナシカワゲラ Protonemura towadensis (Kawai, 1954)
オナシカワゲラ属 Nemoura
・アカギオナシカワゲラ Nemoura akagii Kawai, 1960
・(和名未定)Nemoura amoena Kohno, 1964
・コヘビオナシカワゲラ Nemoura anguiculus Shimizu, 1997
・ババキンオナシカワゲラ Nemoura babai Kawai, 1966
・エダトゲオナシカワゲラ Nemoura cercispinosa Kawai, 1960
・チノオナシカワゲラ Nemoura chinonis Okamoto, 1922
・ハリオナシカワゲラ Nemoura dentata Shimizu, 1997
・ハリモチオナシカワゲラ Nemoura dentigera Shimizu, 1997
・(和名未定)Nemoura despinosa Zhiltzova, 1977
・オナシカワゲラ Nemoura fulva (Samal, 1921)
・タイリクオナシカワゲラ Nemoura geei Wu, 1929
・キブネオナシカワゲラ Nemoura gladiata Ueno, 1929
・ヤマトオナシカワゲラ Nemoura japonica Needham, 1905
・エゾオナシカワゲラ Nemoura jezoensis Okamoto, 1922
・クワヤマオナシカワゲラ Nemoura kuwayamai Kawai, 1966
・アサカワオナシカワゲラ Nemoura longicercia Okamoto, 1922
・オオタキオナシカワゲラ Nemoura longilobata Shimizu, 1997
・(和名未定)Nemoura matsumura Claassen, 1936
・ナライオナシカワゲラ Nemoura naraiensis Kawai, 1954
・マルオナシカワゲラ Nemoura ovocercia Kawai, 1960
・チクビオナシカワゲラ Nemoura papilla Okamoto, 1922
・キタオナシカワゲラ Nemoura parafulva Zhiltzova, 1981
・(和名未定)Nemoura petegariensis Kawai, 1971
・ヨツコブオナシカワゲラ Nemoura quadrituberata Shimizu, 1997
・ケフサオナシカワゲラ Nemoura redimiculum Kawai, 1966
・カラフトオナシカワゲラ Nemoura sachalinensis Matsumura, 1911
・スカユオナシカワゲラ Nemoura saetifera Shimizu, 1997
・ユキオナシカワゲラ Nemoura stratum Kawai, 1966
・ヨコトゲオナシカワゲラ Nemoura transversospinosa Zhiltzova, 1979
・ミツオビオナシカワゲラ Nemoura trivittata Shimizu, 1997
・ウエノオナシカワゲラ Nemoura uenoi Kawai, 1954
・ザオウオナシカワゲラ Nemoura zaohensis Shimizu, 1997
(川虫図鑑 成虫編(丸山・花田 編,2016)に基づく)
以上、4属61種が知られているほか、未記載種も複数いると思われます。成虫のみで記載されている種や成虫と幼虫の紐付けがされていない種も多くいます。小型かつ種分化が著しいため記載的な研究がきわめて難しいグループですが、今後の研究の進展が待たれます。
フォトギャラリー
【フサオナシカワゲラ属】
終齢/雌雄不明
2024.04.12 宮城県
齢不詳/雌雄不明
2021.01.14 宮城県
齢不詳/雌雄不明
2023.02.28 山形県
齢不詳/雌雄不明
2021.02.20 宮城県
――――――――――――――――――【 フサオナシカワゲラ属たち(それぞれ種は不明)】――――――――――――――――――
生息環境:源流・山地渓流・平地渓流・平地流(まれ)(種ごとに細かく異なると思われる) 記録済みの地域:-(種レベルで同定していないため割愛) 幼虫の特徴:頭部(頸部)下面にふさ状のえらがある。一部の種群を除き、体表がゼリー状の粘膜で覆われる。 季節性・化性:-(種レベルで同定していないため割愛/先行研究事例は少ないが、好適な条件下での成長速度は大きく、1年1~3化まで知られる)
観察メモ(フサオナシカワゲラ属)
・源流から平地渓流にかけて見かけます。
・首の下面にふさ状のえらがあります。
・体表とテールには明瞭な毛が生えています。また、体表面にゼリー状の物質を分泌する種が多く、これに泥な
どが付着すると環境中では見事なカモフラージュとなります。
・触覚・テール・複眼・首のえら・各脚の跗節はゼリー状の粘膜に覆われておらず、頭部はつぶらな複眼が目立
ちます。かなり可愛いです(左画像)。
頭部(オナシカワゲラ属の一種)
【インドオナシカワゲラ属】
終齢/雌雄不明
2021.03.04 宮城県
終齢/雌雄不明
2021.03.04 宮城県
――――――――【 クロオナシカワゲラ(?) 】――――――――
生息環境:染み出し・源流(飛沫帯)・山地渓流(飛沫帯) 記録済みの地域:山形・宮城・新潟・東京 幼虫の特徴:頭部(頸部)下面にえらがない。ステージ後半の幼虫の翅芽は胴体のラインに沿うように強く湾曲する。まだら模様の個体が多い。 季節性・化性:1年1~2化
終齢/雌雄不明
2024.04.12 宮城県
終齢/雌雄不明
2024.04.12 宮城県
――――――【 クロオナシカワゲラ似の不明種 】――――――
観察した環境:染み出し・染み出しに続く細流 記録済みの地域:宮城 幼虫の特徴:クロオナシカワゲラより明らかに小型で、終齢でも5-6 mm程度。その他詳細不明。 季節性・化性:不明
観察メモ(インドオナシカワゲラ属)
・科内で最も水系末端の環境に生息しており、山地・丘陵地の染み出しや源流域の滝状の環境に生息します。しっかりと水量のある渓流域では基本的に見つかりません。
・図鑑的には『首の下面にいぼ状のえら(こぶ)がある』とされることもありますが、オナシカワゲラ属もほぼ同様の形態をしているため、オナシカワゲラ属とは体色・
体斑で区別するのが簡単なことが多いです(生時に限る)。
・国内からはクロオナシカワゲラのみが記録されていますが未記載もおり、成虫の交尾器等を精査したわけではないため、クロオナシの種名は (?) としておきます。
・カワゲラとしては珍しく幼虫には色彩・斑紋の多型があります。褐色と乳白色の反復模様のパンダ柄の個体が一般的ですが、明色部がなく地味な色の個体もいます。私
は未観察ですが、逆にほぼ全身真っ白な美しい個体も見つかっているようで、いつか見てみたいものです。
生息環境
露頭の途中から染み出した地下水が岩盤上をしたたり落ちる環境。本属はこのような環境でみられます。岩盤面に引っかかっている落ち葉をめくったりするとよく見つかります。体高と同じくらい、ほんの1-2 mm程度の水の層が岩盤面を静かに流れ落ちる場所を好んでおり、刺激すると岩の割れ目やコケの中などに潜り込んで隠れようとします。こういった環 境を特異的に好む水生昆虫は他にカクスイトビケラ科の多くの種・ナガレトビケラ科のいくつかの種・ムカシヤンマ・一部の小型ガムシ類などが挙げられますが、本属はとりわけ一般的です。標高や周辺環境の自然度の良し悪し、水温などの条件にかかわらず、この手の環境では最もよくみられる川虫のひとつです。
生息環境例(宮城県/5月)
【ユビオナシカワゲラ属】
終齢/雌雄不明
2021.04.11 福島県
終齢/雌雄不明
2019.07.07 秋田県
終齢/雌雄不明
2024.09.04 秋田県
―――――――――――【ユビオナシカワゲラ属(それぞれ種は不明)】―――――――――――
生息環境:山地渓流・平地渓流 記録済みの地域:-(種レベルで同定していないため割愛) 幼虫の特徴:頭部(頸部)下面に指状のえらがある。季節性・化性:-(種レベルで同定していないため割愛/先行研究事例は少ないが、1年2化程度と思われる)
観察メモ(ユビオナシカワゲラ属)
・山地渓流・平地渓流で見られ、流路が樹林で鬱閉していない、開空度の高い環境を好む印象です。
・首の下面に指状のえらがあります。
・体表の毛は目立たず、つるっとしています。
・属内ではやや細身かつやや小型の部類です。
・通常の河川で他の川虫とともにみられることもありますが、酸性に傾いた水への耐性が高く、他の生物がほとんどいないような温泉水が流れる河川で優占種となってい
ることがあります。
生息環境
生息環境例(福島県/4月)
生息環境例(山形県/1月)
ユビオナシカワゲラが多産していた環境2例。水温は周囲の環境水と大差ありませんでしたが、温泉成分が流れ込んでいるため極端に低いpHを示しており、流路の表面には酸化鉄や硫黄が沈着して川底全体が着色されています。川虫だけでなく川岸の植生すらも乏しい殺風景な環境ですが、河床には特殊な環境を好むバクテリアや付着藻類が生息しており、ユビオナシカワゲラはそれらを食べて成長していると思われます。酸性河川に適応している生物は、他に一部のユスリカ、ナガレトビケラ科やカクツツトビケラ科の一部、ウグイなどがいます。
幼虫たち(右写真の河川にて)
【オナシカワゲラ属】
終齢/雌雄不明
2024.03.11 宮城県
終齢/雌雄不明
2024.04.05 宮城県
終齢/雌雄不明
2024.02.10 宮城県
終齢/雌雄不明
2020.04.17 宮城県
―――――――――――――――――――【 オナシカワゲラ属たち(それぞれ種は不明)】―――――――――――――――――――
終齢/雌雄不明(羽化直前)
2021.03.18 宮城県
終齢/雌雄不明
2020.01.24 宮城県
終齢/雌雄不明
2024.03.11 宮城県
終齢(羽化直前)/雌雄不明
2024.09.23 宮城県
―――――――――――――――――――【 オナシカワゲラ属たち(それぞれ種は不明)】―――――――――――――――――――
生息環境:源流・山地渓流・平地渓流・平地流(種ごとに細かく異なると思われる) 記録済みの地域:-(種レベルで同定していないため割愛) 幼虫の特徴:頭部(頸部)下面には明瞭なえらはない。 季節性・化性:-(種レベルで同定していないため割愛/先行研究事例は少ないが、好適な条件下での成長速度は大きく、1年1~3化まで知られる)
観察メモ(オナシカワゲラ属)
・源流から平地渓流まで広く見かけます。種ごとに環境嗜好が異なると思われますが、詳細は分かっていません。
・首の下面には明瞭なえらがありませんが、頭部と前胸との間の膜質部の左右がこぶ状にふくらむ個体が多く、インドオナシカワゲラ属との識別に迷うことがあります。
・キシタカワゲラ属(シタカワゲラ科)と似ている種群がいるため、絵合わせ同定をしていると間違うことがあり危険です。脚の跗節の第2節の長さと腹端下面の舌状の
腹板の有無を確認することが重要です。
観察メモ(科内全属共通)
・首の下のえらの有無、あるいはその形をみることで容易に属レベルまで同定できますが、種レベルの同定は多くの場合困難です。
・触覚やテールの長さは科や属レベルの同定の際に参考になりますが、触覚とテールは損傷しやすく採集時に折れてしまうことが少なくありません。
・自然下では沈水した草木の根の間や落葉の裏などに潜んでいることが多く、遊泳能力はほとんどありません。
・エタノールやホルマリンで固定すると体の節間の膜質部が膨潤し、体型が生時から大きく変わってしまうことが多いです。さらに触覚とテールは生時以上に損傷しやす
くなります。観察は生時または固定直後に行うのがおすすめです。
画像:首の下部のえらによるオナシカワゲラ科の属の同定
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フサオナシ属
えらはふさ状
ユビオナシ属
えらは指状
インドオナシ属
オナシ属
いぼ状の隆起がある or 目立つえらはない
オナシカワゲラ科
シタカワゲラ科
画像:オナシカワゲラ科とシタカワゲラ科の、脚の跗節による識別
跗節は3節からなりますが、オナシカワゲラ科は第2節が第1節よりも明らかに短く、シタカワゲラ科は第1・2節がほぼ同大です。
これは全ての脚で共通で、成虫も同様です。